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怖かった迷子に

私にとって転校は
嫌だったのは、生まれ育った土地の幼稚園と小学校と家はテリトリーで、6歳ながら、道をによく覚えてたし、学校から家まで迷子にならず帰って居た。
でも、小六での大阪のk市への転校は私にはきつかった。大阪じたい初めての土地であり、12歳の私はk市の土地勘は0であった。
中学に行くまで片道が徒歩で20分かかった。家から学校までの道は仕方なく覚えた。目印を2つ覚えて家に帰って居た。〇〇◯事務所と緑のドアがあるスナックである。
私は中学時代は虐められっ子で、たまに、三人の子達から映画を観たり、隣の市のH市に行く遊びのお誘いやらがあった。
私が迷子になりそうになった、その日は、(自転車の乗り方を教わる奴)でした。友達の家に遊びに三人と行った。
友達の家で三人と[バイバイ]と別れたものの自分の家の帰り道が分からない。慌てて友達の家まで引き返そうとしたら、
その子の顔は頭に浮かんで来るものの苗字が思い出せなかった。家も同じ様な家々文化住宅が並んで居て、丸っ切り私は友達の家が分からないのと、
友達の家で別れた三人を探してもその子達が居ない。
私は三人を探すのを諦めた。私は心に誓った[日が暮れない内に家に帰れないと、
迷子に絶対になる。夜になると家には帰れない。悪い人間にも誘拐される)と。
私は電話代をを持ってなくて、家にかけようにも無理でした。途方に暮れた。いよいよ私の苦労が始まったのと恐怖が押し寄せて来た。
私は取り敢えず、後ろの道に下がらずに道は上にまっすぐ歩こうと決めた。でも、私の地元と違って、k市は道が広く、家が固まってるか、家が全くない道もあったので、心で(どうしよう)と思った。
誰も歩いて居ないし。時計も持ってなくて。道をウロウロ曲がったり、まっすぐ行ったりした。大阪に初めて来た時に、
新大阪空港からk市に車で来る時に見た、高速沿いのビルに寿司屋があるのを思い出した。(そうだ、その寿司屋を探せばいいのだ)と私は気づいた。
でもその寿司屋が見つからなかったら私は一生帰れないと又々恐怖感が押し寄せて来た。何時間歩いたか、何時間その寿司屋を探したのだろうか。
兎に角、歩いて居たら高速道が見えた。向かい側のビルに見覚えある寿司屋を発見した。その時の嬉しさといったらなかった。
これで家に帰れる道筋が見えた様に思えた。案の定、その寿司屋の側の裏の道に入り、暫く歩いたら、見覚えある緑の色のドアのスナックが角にあった。
私は安堵した。(私はこれで家に帰れる) 
家に辿り着いた時にはすっかり、日が暮れて居た。